copy cats

コピーライター。阪神タイガースのこと。たまに、カレーライスのこと。サウナのこと。

かく語りき

 この街にはテレビがない。いや、実際にはある。

 

 

 僕の指すテレビとは「サンテレビ兵庫県神戸市のテレビ局)」のこと。その中でも阪神タイガースの試合を放送する「サンテレビボックス席」のことだ。関西人ならオープニング曲だけで胸の高鳴りを感じる人も少なくはないはずだ。いまだにタイトルすら知らないその曲は、小学生だった僕たちにとっては、市で放送する夕方6時のチャイムよりも効果的に帰宅を促す魔法のメロディーだった。

 

 

 地元関西を離れ早7年。あんなに身近にいた球団が、いまでは月額でタバコが4箱買えるお金を支払わないと、姿すら見ることができない距離にいる。虎党に市民権のないこの街では、阪神の試合を見るすべが地上波にはほぼ存在しない。

 

 

 僕の仕事はコピーライター。「言葉」というカタチがありそうでないものを武器に世界と戦っている。「キャッチコピー1行で100万円」という時代は古の夢物語であり、実際は朝から深夜まで机に座って紙にペンであーでもないこーでもないを自問自答する、陰気で気が狂いそうになる作業だ。

 

 

 この肩書きが名刺に刻まれた瞬間から、僕と阪神タイガースの距離はさらに遠くなった。ナイターが始まる夕方6時は、あの曲が流れスターティングメンバーに一喜一憂する時間から、一日の雑務を終え、キャッチコピーやテレビCMの企画作業を開始する時間になった。デスクトップの右端に小さく開かれたDAZNの画面(こうして表示していないと後ろを通る同僚に野球を見ていることがバレてしまう)、radikoのエリアフリーで聞く放送も、集中力散漫の性格の僕にとっては、業務を邪魔する存在になってしまうのだから皮肉なものだ。

 

 「なんか、泣ける企画でよろしく!」という、こっちが泣きたくなる無責任な置き土産を置いて帰宅する上司の背中を見送り、今日も僕たちの深夜業務が始まる。相手の顔ではなくデスクトップを見つめて会話をする時間はどこか不気味で、オフィスに置かれた業務用コーヒーの味が舌にこびりついて、僕の舌は阪神カラーになっていく。

 

 

 ナイター放送はおろかスポーツニュースもシャッターをおろしたころ、SNSで今日の試合の結果を知る。このときには勝っても負けても正直どうでも良い状態になっている。負けたときに感じる悔しさを知っているから、あえて興味のないフリで自分を欺こうとしているのだと思う。

 

 

 そんな帰り道に僕は、阪神ファンとはなんと意地悪で愛おしい存在なのだろうと思う。ドラフト会議が終われば開幕オーダーを予想し、新助っ人外国人を「バースの再来」と呼び、オープン戦で期待値を最大にするくせに、シーズン中の敗戦には、戦争から無事帰ってきたことに「恥を知れ!」と罵るぐらいの右寄りのヤジを飛ばす。勝てば官軍、負ければ賊軍。

 

 

 でも、阪神の応援をやめたいと思うことは一度もない。翌日にはケロッとチャンネルを野球中継へ変え、またヤジを飛ばす。大敗したら、昔話を肴に盛り上がる。バックスクリーン3連発、新庄の敬遠球サヨナラ、野村監督の暗黒時代…阪神ファンには、全試合が思い出になる。

 

 

 僕たちきっと、阪神という球団も、それを応援している自分たちのことも好きなのだと思う。だからこそ、試合観戦は生活の一部になっている。そりゃあ応援をやめれるわけがない。明日も放送を見ないわけがない。阪神ファンになったことは運命であり、この球団は死ぬまで付き合っていく永遠の伴侶なのだ。

 

 

 

 SNSを閉じ、新たな調べ物をする。冒頭で話した曲は「Spring Lady Bird」という曲名らしい。さらに調べると、作曲を手掛けた渡辺宙明氏は御年93歳の作曲家。そして出身が、いまの僕の居住地である愛知県名古屋市とのこと。これも運命か?と、また胸が熱くなった。